未来の臨床試験 - 最終話 ロック・フォーエバー

2025年1月6日(2021年9月15日初出)

「さくらさん、A社の新しい試験だけど、プロトコルの設計とデータベースのデザイン、それとカルテとの連携をセットアップしておいて」
「はいはいただ今」

私の勤めるバイオベンチャーでは、様々な製薬メーカーが実施した臨床試験データ、国⽴病院機構や⽇本各地の医療グループから集めた治療データ、レセプトのデータ、処⽅箋のデータなどに独⾃のAIアルゴリズムを組み合わせることにより構築したリアルワールドデータベースを持っている。また、バーチャルツインズと呼ばれる⽣体反応のシミュレータの開発も⾏っている。更には、これらを使った新世代の医薬品開発や製造販売後調査の受託を⾏っている。

医薬品開発に必要な殆どの作業は量⼦コンピュータ上で実施されるため、システムの使いかたをマスターしたエンジニアがいれば、開発のほぼすべてのプロセスを数⼈で実施することが出来るし、被験者データの収集を必要最低限に抑えることも出来るから、患者さんの負担を極限まで軽減した臨床開発を効率的に実施することが可能になり、わが社の開発したシステムは、製薬会社にかなりウケている。

また、被験者データの収集に関しても、2年ほど前に開発したAI搭載の電⼦カルテデータ⾃動マッピングシステムにより、世の中に存在する全ての電⼦カルテがクリニカルデータリポジトリ(データベース)と容易に接続できることになったことで、モニタリングの概念が⼤きく変わってしまった。

施設で電⼦カルテに⼊⼒されたデータはすべて⾃動的にクリニカルデータリポジトリに転送され、クリニカルデータリポジトリ上で安全性情報等のリスク評価、シグナル検出、異常値の判定、クエリの発⾏など、従来臨床開発モニターが施設を訪問して実施していた作業は今やAIが⾃動的に実施するようになった。施設側でのデータ⼊⼒が不要になったため、施設訪問やSDVは不要になり、モニタリングは全てセントラルでの実施になった。その結果、臨床データのモニタリング実施のためには、これまで以上に試験全体のデータを横断的にレビューするスキルが要求されるようになった。

特に、AIがカバーできない部分、例えば解析条件の設定と出⼒結果を⽐較してより適切な解析⽤のパラメータを設定したり、解析結果からの判断でデータの偏りに補正をかけるといった仕事を如何に素早くこなせるか、というのが臨床開発モニターやデータマネージャの腕の⾒せ所となり、結果にたどり着くまでの時間を如何に短縮できるかが、その担当者の腕が⼀流かどうかの指標となっていた。

EDCが臨床開発におけるデータ収集の効率を格段に向上し、紙のCRFを駆逐したのはかれこれ20年ほど前のことだが、電⼦カルテデータ⾃動マッピングシステムはそのEDCを駆逐し、クリニカルモニタリングの概念までも変えてしまった。

「さてさて、プロトコルデザインも終わったし、今⽇はAIにカルテとのマッピングを仕掛けたら帰るとするか」

机の上のフォトフレームの中にいるロックは、今⽇も微笑んでいるように⾒えた。

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「あれっ?」
⻑い⻑い夢を⾒ていたのか、気が付くと夜の7時近くになっていた。机に突っ伏してうたた寝をしてしまったらしい。

「さくら、薬の時間だよ」
私の⾜元で何やらせわしなく動き回っているロックが⾔った。
「あんた何ごちゃごちゃやってんの?」
「いや、ようかい体操第⼆を...」