未来の臨床試験 - 第五話 ロック壊れる

2024年6月29日(2020年2月1日初出)

「血圧問題なし、体温問題なし、体重問題なし。理想的にはあと1.5キロマイナス」
「しつこいよ、ロック」

治験に参加して約一年、ビデオを使った先生の診察とか毎日の服薬時の撮影とか、治験補助ロボット「ロック」との生活にもだいぶ慣れてきた。今朝も、ロックと一通りのやりとりをして、学校に行こうと準備をしていたら、治験事務局からメールが届いた。


治験事務局からのお知らせ
明日午前3時より、治験補助ロボットのシステムをアップデートいたします。
作業は30分程度で終了いたしますので、翌朝のデータ取得には影響はございません。

アップデートの内容:

ご不明な点はお問い合わせください。

まごねこヘルスサイエンス株式会社 治験サポートセンター
担当 XXX


大体月に一回位こんな感じのメールが来るんだけど、私が何かやらないといけない訳ではないので、あまり気にしたことはない。今回も色々な問題が直るみたい、細かいことはわからないけれど。私の知らないうちにどんどん機能アップするなんて、iPhoneみたいだよね。
「すごいぞ、ロック」

翌朝目が覚めてロックを見ると、お腹の花マークが赤く点滅していた。
「ロック、大丈夫?」
ロックからの返事はない。
えー、朝起きたらロックと色々やることがあるのにこれじゃ出来ないじゃん。

「お母さん、ロックがおかしいの」
「あらあら、お花が赤くなっちゃってるね。こういう時はリセットボタンを押して再起動しなさいって説明書に書いてあったよ」
「さすがお母さん、私たちの世代じゃ説明書なんて読まないもんね」

早速ロックの背中にある蓋を開けて、その中のリセットボタンを押してみた。
ロックの目が光り、お腹の花マークが点滅を始める。赤い点滅が黄色の点滅に変わった。
「ファームウェアアップデートに失敗」
「修復モードで起動」

どうも昨夜のアップデートで問題が起きたらしい。
一旦ロックの目の灯りが消え、再度光ってからお腹の花マークが点滅を始めた。
「インターネットへの接続完了」
「ファームウェアアップデート正常終了」
「システム再起動」
再度ロックの目が点灯し、お腹の花マークの点滅が赤、黄色、そして青に変化して消えた。
「さくら、おはよう」
「やった、ロック直ったのね」
「さくら、体重と血圧を測る時間過ぎてる。早く早く」
「何言ってんの?あんたが壊れてて測れなかったんでしょ」
「ロック壊れてない。問題なし。さくら早く測って」
「わかったわよ。今から測るから、ちょっと待ってて」
夕方、学校から帰るとサポートセンターからメールが届いていた。


八重野さくら様
この度はシステムの問題でご迷惑をおかけいたしました。

治験ロボットより送信された起動ログを解析した結果、ファームウェアのアップデート中にロボット内部の電圧が低下し、アップデートが異常終了したため、翌日の動作に支障が出ていたことが分かりました。電圧低下の原因は不明ですが、以降は正常に稼働しております。
また、システムをリセットいただいたことにより自動修復機能が起動し、修復処理が行われたため、現在問題は解消されております。ご対応いただきありがとうございました。

何かございましたらいつでもご連絡ください。

まごねこヘルスサイエンス株式会社 治験サポートセンター
担当 XXX


問題は自動的に修理されたみたいだ。ロックは自分が壊れていたことには気が付いていないみたいだけど。まぁ、いっか。

翌日、朝起きると今度はロックのお腹の花マークが黄色く点滅していた。しかも、今までに見たことのないパターンで4枚の花弁が1枚ずつ右回りで順番に点いては消え、点いては消えを繰り返している。

「ロック、今度はどうしたの?」
「メインメモリに不具合発生」
「え、何?また不具合なの?」
「不具合状況は連絡済み。不具合が解消するまでビデオチャットシステムは使えない」
「使えないって、明日は大阪の先生と月一回のビデオ診察の日なんだけど。困ったな」
「不具合状況は連絡済み。パーツは今日届く」
「今日届くって、ここは離島だから無理でしょ!」
「不具合状況は連絡済み。パーツは今日届く」

とりあえず、体重と血圧、体温は問題なく測れたので学校に行くことにした。学校から帰ると、サポートセンターから小さな段ボール箱が届いていた。傍らにはロックがいたが、お腹の花マークは点滅のままだ。

「お母さん、これ?」
「ああ、さくらおかえり。さっきドローンが飛んできて、それを届けて帰っていったよ」
「は?ドローン?あのヘリコプターみたいなやつ?」
「そうそう、それ。お母さんも初めて見たけど、あんなのが荷物を届けに来る時代になったんだねぇ」
「さくら、部品届いた。ロックのこと直して」
「はいはい。ちょっと待ってね」
段ボール箱を開けると、カラオケのメンバーズカード位の大きさの部品が出てきた。

「メインメモリ、一部切り離し完了。スロットBのメモリを排出」
「さくら、僕の背中を開けて」
相変わらずロックはせっかちだ。ロックの背中にある蓋を開けると、四角い窪みの奥に、送られてきた部品と同じものが顔を覗かせていた。
「さくら、Bって書いてある部品の方を新しい部品と交換して。Aは触っちゃだめ」
ロックの背中からBと書かれた部品を引き抜いて、ドローンで送られてきた新しい部品を差し込んだ。新しい部品は綺麗にロックの背中に収まったようだ。
「チェック完了。スロットA、スロットB共に異常なし」
「システム復旧完了。全機能回復」

そうこうしているうちに、サポートセンターからメールが届いた。


八重野さくら様
この度は度重なる不具合の発生、申し訳ございませんでした。

本日、治験補助ロボットのハードウェア異常を検知したため、交換用のパーツをお送りいたしました。無事交換いただけたようで何よりです。今回は、メインメモリの一部が故障し、大量のメモリを必要とする一部機能が使用できない状態が発生しておりました。今後は、このような不具合の発生確率をさらに下げるよう、更なる改良を実施してまいります。治験に関しまして、引き続きよろしくお願いいたします。

何かありましたら、いつでもご連絡ください。

まごねこヘルスサイエンス株式会社 治験サポートセンター
担当 XXX


問題が続けて起こったのでちょっとびっくりしたけど、ロックが直ってよかった。明日の先生の診察も問題なくできそうだし、これで一安心。