未来の臨床試験 - 第四話 ロック誕生

2024年6月14日(2019年11月9日初出)

「お荷物をお届けに参りました」

部屋の窓から覗いてみると、いつも荷物を届けに来る宅配便のおじさんが、今日はひときわ大きな段ボール箱を台車に乗せて玄関先に立っているのが見えた。

「うわぁ、来たよ来たよ」

ネットで治験の申し込みをしてから待つこと1週間、自分の家から治験に参加するための機械一式が届いたに違いない。

「さくら、あなた宛てに大きな荷物が届いたわよ」

玄関からお母さんの呼ぶ声が聞こえた。それにしても、あの大きな箱は何だろう。

私にこの治験のことを教えてくれた舞ちゃんも、同じ治験に参加しているって言ってたけど、こんなに大きな荷物が届いたことは言ってなかったし、一体何が入ってるんだろう。

届いた荷物は1辺が1m程もある大きな段ボール箱1つとミカン箱位の箱が2つ。小さな箱には、「こちらから開封してください。」と書かれていたので、まずはこっちの箱から開けてみた。中には、血圧計、アップルウォッチと説明書が3冊。あとは、「始めましょう」と書かれて折りたたまれた紙が入っていた。


八重野さくら 様

この度は臨床試験に参加いただき誠にありがとうございます。今回の臨床試験は、通院の回数を極力減らし、被験者様の負担を軽減する目的で、専用に開発されたロボットが臨床試験をサポートするデザインとなっております。また、ロボットは組み立て完了後、被験者様の個人認証に引き続き、同梱されている体重計、血圧計、アップルウォッチ及び被験者様にご用意いただいたスマートフォンと連動させるため、初期化の作業が必要になります。マニュアルに従い動作確認及び設定の作業をお願いいたします。

まごねこヘルスサイエンス株式会社 フリーダイヤル ☎ 0120-XXX-XXX


え?何これ? 舞ちゃんはロボットのことなんて一言も言ってなかったし、ネットで申し込む時にも、自宅にパソコンはありますか?とか、アプリがインストールできるスマホはありますか?っていう質問はあったけど、ロボットが来るなんて説明は聞いてないんだけど。

ということで、ひとまず舞ちゃんにLINEしてみた。
「舞ちゃん、ロボットが来たけど」
「おー、さくらちゃんのとこにも来たかー」
「舞ちゃん、知ってたのに教えなかったでしょ」
「いやぁ、いきなり届いたら、さくらちゃん驚くかと思って」

ということは、こっちのでっかい箱にはロボットが入ってるってことだね。では開けてみますか。

説明書に従い、段ボール箱の下の部分にある金具を8か所外して、そのまま上に引き上げるとロボットの本体が姿を現した。何だかスターウォーズに出てくるあいつみたいだ。名前は確かR2-D2っていったっけ。説明書には、本体の下にキャタピラがあるので、本体を持ち上げて、下部にあるキャタピラを取り出し、平らな場所に設置した後に本体を上からはめ込んでください。って書いてあるけど、こんな重いもの私には持ち上げられないよ。

ということで、一旦作業を中断してお母さんに助けを求めることにした。

「お母さん、ちょっと手伝って」
「なんだかすごいのが届いたね、さくら。これが治験のロボットなの?」
「え?お母さんなんで知ってるの?」
「何言ってるの、この間の参加の説明の時に、看護師さんが言ってたでしょ。しばらくしたらご自宅にロボットをお届けしますって」
「なんと、看護師さんが説明していたとは。それにしても、舞ちゃんは人が悪いなあ」

お母さんの頑張りもあって、キャタピラの上に本体を乗せることが出来た。ロボットのお腹のあたりには、大きな花のマークと数字の6が書かれている。

ロボットの組み立てが終わったら、続いて同梱された体重計と血圧計に電池をセットした。アップルウォッチは半分くらい充電されていたので、とりあえずこのまま使える状態になっているらしい。あとは、WiFiの設定も必要になるみたいだけど、家のアクセスポイントの名前とパスワードはWiFiの機械に貼ってあるので、これで準備完了かな。

「では、準備が整ったのでスイッチ入れるよ、ロボット君」

背中にあるボタンを押すと、ロボットの目が光り、お腹の花マークが点滅を始めた。

「はじめまして。治験補助ロボットです。治験が完了するまで色々お世話するので、よろしく」
おわ、いきなりロボットが喋った。

「まず初めに、君の名前は?」
「さくら、八重野さくらです」
「八重野さくらさん。登録名との照合完了。生年月日は?」
「平成16年4月6日です」
「登録生年月日との照合完了。次、こっち見て」
「ああ、はい」
「顔データとの照合完了。申込者本人であることを確認」
何だか大変なことが始まったみたいだ。

「次、虹彩を登録するのでもう一度こっち見て」
「じー」
「虹彩パターンの登録完了。次、背中にあるボタンに親指でタッチして」
「あ、はい」
「そのまま、角度を変えて何回かタッチして」
これは知ってる。昔使ってたスマホで指紋を登録すると、画面ロックの解除とかアプリのインストールとか出来たのと一緒だね。

「次、僕の真似して言ってみて。あえいうえおあお」
「あえいうえおあお」
「かけきくけこかこ」
「かけきくけこかこ」
「声紋パターン登録完了。次、僕の名前を決めてもらおう」

決めてもらおう、って何か偉そうだな。しかも、最初に名前を決めろなんて言われてもすぐに思い浮かばないよ。

「どうした、早く名前を決めるのだ」
もうこうなったら仕方ないよね。適当な名前にしておいて、あとで直せばいいか。でも、適当って言っても難しいよね。そうこうしているうちに、ロボットのお腹に6って書いてあるのを見つけた。
「何で、6なんだろ。ま、いっか。じゃ、あなたの名前はロックで決まり」
「僕の名前はロック」
「君の名前はさくら」
「そうだよロック、よろしくね」
「それでは、さくら。体重計と血圧計の電源を入れてくれたまえ」

体重計と血圧計の電源を入れると、ロックのお腹の花のマークが再度点滅し、赤から黄色そして最後は青に変化した。
「同期完了。続いて、アップルウォッチと同期」
もう一度花のマークが点滅を始め、さっきと同じように赤から黄色そして青に変化した。
「同期完了。もう一息」
「さくら、WiFiのアクセスポイント名はAP-001YNで合ってる?」
「ロック、良くわかったわね。それで合ってるよ」
「電波強度の一番強いアクセスポイントがこれだった。次、パスワードを教えて」
「zzw122345」
「インターネットへの接続完了.... 認証情報のアップロード完了.... ファームウェアアップデート完了.... 」
何やら呪文のようなことを延々続けたかと思ったら

「初期起動時全行程作業完了。運用モードに移行」
「これで準備完了だ。あとは毎日指示するので、きちんと従うように」

どうも、初期セットアップというのは終わったらしい。何だか最後まで偉そうにしてるけど、ま、いっか。

こうして、私とロックの付き合いが始まったのである。