未来の臨床試験 - 第三話 ロックは電気羊の夢を見るか?

2024年5月27日(2019年9月6日初出)

「ねぇロック、私の治験データはネットにダダ洩れになったりはしないんだよね?」
「どきっ」
「どきって何よ、毎日測ってる体重がネットに晒されでもしたら、あんたタダじゃすまないわよ」

テレビを見ていたら、三か月くらい前に新しく始まった電子マネーのサービスから利用者のIDとパスワードが盗まれて、知らない間に自分の電子マネーが勝手に使われたり、パスワードを変更されて電子マネーが使えなくなったり、というニュースが流れ、結局その電子マネーは廃止が決定したと言ってた。IDとパスワードを管理している機械からネットを使って情報を盗んで悪用した人が居たらしいんだけど、そんな簡単に情報が盗めるんだったら、私の治験の情報は大丈夫なの?って思ってロックに聞いてみたのに、どきって答えは何なの?

「さくらのデータは暗号化通信とブロックチェーンで守ってるから、絶対安全!なんだな」

ロックが胸を張ってそう答えた(ように見えた)。確かに治験に参加するときに見たアニメの中でも、患者さんの個人情報やデータは保護されるので心配不要ですって説明してたから大丈夫なのかな。それにしてもブロックチェーンっていうのは何なんだろう。

「ロック、暗号化通信やブロックチェーンていうのは何なの? それがあると私のデータは盗まれないってことだよね?」
「暗号化通信はデータを暗号化したやり取りのこと。ブロックチェーンは、これを見て」

ロックの両目が光って投影状態に入り、インターネット上の、あるブロックチェーンの説明が表示された。

「さくらでも分かる説明は、これ!」

ロックが映してくれた説明を読んではみたものの、結局よく分からなかったので治験のサポートセンターに連絡してみた。対応してくれた人はブロックチェーンの他にも通信の暗号化とかロックの役割とか色々なことをわかりやすく教えてくれた。特にあの事件以来、こういう問い合わせが増えてるから、わかりやすい説明が出来るようにサポートセンターの人は全員トレーニング受けたんですって。治験をサポートしてる人たちも世の中の動きに色々と振り回されて大変なんだと思った。

サポートセンターの人と話して分かったことは、私のデータは暗号化によって覗き見から守られているってことと、ブロックチェーン技術というもので、治験のデータが故意に書き換えられたりすることから守られているってこと。そしてロックが想像以上に色々なことをしてたことにも驚いた。忘れないうちにと思って、教えてもらったことをノートにまとめてみたんだけど、高校生の私には難しいことばかりだった。

・ブロックチェーン
ちょっと前から名前を聞くようになったビットコインでも使われている技術らしい。ビットコインの他にも、主にお金の取引とか契約とかで使われることが多いみたい。治験でブロックチェーンを使ったのは私が参加している治験が初めてで、ブロックは私のように治験に参加している患者さんのところに居るロボットが分担して管理しているんだって。ブロックって何?っていう疑問もあるんだけど、これは患者さん一人ひとりのデータが一つ一つのブロックという単位で管理されているらしい。それぞれのブロックは一度作られると、その後はロボット同士でお互いに管理されて、もし故意に書き換えられたりすると、すぐに分かるようになってるみたい。
治験のデータがお金とか取引と同じレベルで扱われるのは、それだけ患者さんのデータを大事に考えてることなのかなと思って、ひと安心だった。

・通信の暗号化
これもまた難しい。普通インターネットでメールとかチャットとかすると、ネット上には誰でも読める状態で文字がだらだらと流れていくので、途中に機械を設置してその流れを捕まえると、メールの内容とかチャットの中身とかは全部見えてしまうらしい。IDとかパスワードとかも、普通に通信するとダダ見えなんだって(高田注: 現在は信頼できる接続先との通信はほぼ100%暗号化されているので、ダダ見えになることはまずありません)。
で、それを防ぐために暗号化っていうのが必要になるらしいんだけど、暗号化にもいろいろな種類があってロックが私のデータを送るときに使っているのはTLSという仕組みらしい。インターネットにアクセスしたときに、アドレスバーの横に鍵がかかってるマークが表示されることがあるけど、これがまさに通信が暗号化されていますという意味なんだって。

・ロックの役割
実は今回いろいろと調べてみて一番びっくりしたのがこれ。うちに来た時から只者でない気がしていたけど、こんなにたくさんのことやってたんだね。すごいぞ、ロック。
まず一つ目の役割というか、これが元々の役割なんだけど、治験のサポート。毎日必要なデータを集めてクラウドってところに送ってる。例えば体重計とか血圧計と直接つながってデータ取ったり、カメラで薬を飲む様子をチェックしたり、問診の時には3Dチャットで先生との会話をサポートしてくれる。
二つ目の役割は、ブロックチェーンのデータを管理している分散型データベースの一部。ってこれ、全然わかんないんですけど。それぞれのロボットがお互いが収集した患者さんのデータをブロックという単位で持ち合いっこすることで、仮にロボットが何台か故障したとしてもデータそのものは無くならないし、誰かがデータを書き換えても、書き換えたことが分かってしまうんだって。
その他、集めたデータの分析とかインターネット上にある論文とか資料の収集とかもロボット同士で分担してやってるらしい。私が参加している治験は300人くらいが参加しているって言ってたから、300台のロボットがそれぞれ作業分担していることになるのか。

こうやって一通りまとめてみると、私の体重のデータがネットに晒されるようなことは無さそうだということが分かって一安心した。

めでたしめでたし、である。