未来の臨床試験 - 第一話 臨床開発におけるパラダイムシフト

2024年5月6日(2019年6月28日初出)

「さくら、薬の時間だよ」

私の足元で何やらせわしなく動き回っているロックが言った。

「あんた何ごちゃごちゃやってんの?」
「いや、ようかい体操第二を...」

ロックは半年前に私の家に送られてきたロボットだ。ロボットといっても、ネコ型でもイヌ型でもなく、R2-D2に似ているといったら良いかも。ロボットにしてはかなりお喋りだけど、Siriのように一本調子ではなくてもう少し人間味のあるしゃべり方をする。体長は30cm位で、足の部分にキャタピラのような装置がついていて、これを使って前後左右自由に動き回ることができる。あと、お腹の真ん中に花のマークと数字の6が書いてあって、良くわかんないけど、この6をもじって、こいつの名前はロックになった。

薬を飲む時間になると、ロックは「薬の時間だよ」と教えてくれるし、先生の診察がある日には「今日は問診」と教えてくれる。薬を飲む時には、ロックが私の飲む薬を確認して、飲んだ時間とどの薬を何錠ずつ飲んだか勝手に先生に報告しているらしい。つまり、さぼったらすぐばれてしまうってことかな。

昼食は学校で食べるから、昼食後に薬を飲むところは直接ロックには見せられないけど、FaceTimeでロックに繋げて、スマホのカメラに向けて薬を飲むところを映したら、ロックが勝手に処理してくれる。

その他にも、ことあるごとにロックはいろいろな質問をしてくる。「今日の気分はどう?」、「今日はどっか痛くない?」、「体重ちゃんと測れよ」。

半年前、奥尻に住んでる舞ちゃんとビデオチャットした時に、患者の会のホームページに今回の治験の事が載っているというのを教えてもらい、そこで治験に興味があると回答したら、すぐに担当の看護師さんからビデオメッセージが届いた。これまで私みたいに離島に住んでる人はなかなか治験に参加できなかったらしいけど、最近は技術の進歩でどこにいても参加できるようになったんだって。

案内に従って、スマホから治験のホームページにアクセスして、簡単なアンケートに答えたら、翌日ビデオチャットのリクエストが来た。チャットを開始すると、画面にこの間のビデオメッセージに出ていた看護師さんが現れて言った。

「今、お時間大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「先生と繋ぎますね」

画面の左側に大阪の大学病院の先生と名乗る白衣のおじいちゃんが現れ、いくつかの質問をされた後に、右側の画面に映っていた看護師さんが、かかりつけの病院や担当の先生の名前を確認して、チャットは終わった。

翌日、メールで治験に参加出来る事になったとの連絡がきた。メールに書かれていたアドレスに接続して、治験に参加するためのアニメを見た。アニメの中では、治験に参加する意味とか、副作用が起きた時の対応、といった説明があり、最後にアニメの内容についてのクイズに答えた。私は5問中4問正解で、残り1問は2回不正解をした時点であきれられたのか、アニメのなかの看護師さんが正解を教えてくれた。そのあと、長くて難しい文章を読んだ後に、自分の名前を打ち込んで待つこと1週間。大きな箱に入ったロック一式とスマートウォッチ、それと体重計が届いた。

薬はメールで送られてきた処方箋を近所の薬局に転送して、少したってから行くと出してもらえる。薬局のお兄さんからはいつも「調子はどうだい?」って聞かれるけど、ここ2か月くらいの体調は以前と比べるとすこぶるいい。これって、薬のおかげなのかな。

今日は午後5時から先生の問診がある日なので、いつもより少し早めに部活を切り上げて家に帰るとロックが話しかけてきた。

「あと5分で問診が始まるよ」
「わかってる。だから早く帰ってきたの」
「じゃ、先生とつなぐよ」

ロックが画像の投影を始めると、左側に大阪の先生、右側に島のかかりつけの病院の先生の姿がフォログラムで現れた。私の姿もあっち側には3Dで映っているらしい。すごいぞ、ロック。

「さくらさん、調子はどうかね?」
「以前と比べて、ずいぶん体が楽になりました」
「検査の結果もずいぶん良くなってきていますね」

かかりつけの先生もご機嫌だ。

「では、このままもう少し続けてみましょう。処方箋はメールで送っておくので」
「はい。ありがとうございます」