臨床試験において、モニタリング費用が全体の費用に占める割合は一般的には30%から40%と言われています。一部の古い文献では50%という記載も見られますが、最近ではリスクベースアプローチの普及やコロナパンデミックによる施設訪問回数の削減などの影響で、この割合は少しずつ減少しているようです。それでも、依然として無視できない重要なコスト要素となっています。
モニタリング業務は、臨床試験が規制やプロトコルを遵守して実施されているか、計画通り被験者が組み入れられているかなどを確認し、試験データの品質と被験者の安全を保障するために重要な活動です。特に、データがカルテから正確にEDCに転記されているかを照合・確認するために、SDV(原資料確認、Source Data Verification)に関連するコストとして、かなりの時間と費用を要しているといえます。
その一方で、データの照合は単純な作業であり、高度な科学的活動とは言えません。優秀な人材の貴重な時間や旅費などの莫大なコストをかけて実施することは、かなりの無駄であると言えます。
今回ご紹介するAkyrian Systems社(以下、Akyrian)のSource Data Extraction(SDE)は、臨床試験における費用対効果を高める革新的なソリューションです。このSDEは、SDVの完全な排除によりデータ品質を向上させ、臨床試験の実施期間を短縮し、費用を削減します。
これまでにも、電子カルテ連携やSource Data Captureなど、類似のソリューションは存在してきました。また、HL7が提唱するFHIRを用いた電子カルテとEDCのデータ連携システムも出てきています。しかしながら、電子カルテとのデータ連携は、20年以上も検討されている割に、成功事例が限られているのが現状です。
一部の情報源では、FHIRを用いた電子カルテ連携が米国で普及し始めていると言っていますが、実際にGoogle等で検索をしてみても成功した実例は少ないようです。また、こちらは日本の事例ではありますが、製薬協DS部会TF 1-2の報告書(2023年6月発行)によると、調査対象50社のうち、電子カルテとEDCのデータ連携を導入しているのはわずか1社という結果が報告されています。
さて、AkyrianのSDEに話を戻しましょう。このシステムの最大の特徴は、電子カルテのデータをEDCに連携する際、システム間で電子データの連携を行わないという、パラドックス的なデータ連携方式を採用している点にあります。具体的には、電子カルテ上のデータを画像データとして取り込み、その際に画像データ上のビットマップで構成された文字列をOCRとAIによってデータ化するというテクノロジーを使用しています。この方法を用いることで、電子カルテ上のデータだけでなく、紙やPDFに記載されたデータも取り込むことが可能になります。例えば、施設がまだ紙のカルテを使用している場合や、院内測定の臨床検査結果が検査伝票として紙で出力されるケースにも対応できます。
さらに、データ取得時に対象となるカルテや検査伝票を画像データとしても保管し、監査証跡の一部とする機能や、取り込まれたデータのエビデンスとして画像データと取り込まれたデータの両方を画面上で確認できる機能も備えています。
これらの機能により、臨床試験に必要なデータをカルテから転記する作業を完全に排除できます。また、個人情報が画像データに含まれるという懸念に関しても、画像データをシステムに取り込む際に全てAIによって黒塗りされる機能があり、個人情報が見えてしまうといったリスクを排除しています。
それでは、SDVを完全に排除した場合、どのくらいの効果があるのかについて、Akyrianが試算した結果を見てみましょう(下図)
第二相試験に対しての試算結果
第三相試験に対しての試算結果
第二相試験および第三相試験において、モニタリングに関連するコスト、とくに現地訪問とそれに伴う旅費が大幅に削減された結果が出ています。また、データマネジメント側のクエリー対応に対してもかなりの効果が期待される点は非常に興味深い結果です。この試算によると、第二相試験と第三相試験を比較した場合、第二相試験の方がより投資利益率が高い結果が示されており、試験の規模に影響したと解釈することも出来ますが、それほど大きな差ではないので誤差の範囲内と考えられるでしょう。
いずれにせよ、前回説明したSaamaのソリューションと同様に、AIを活用した新しいソリューションの導入が、従来のシステム導入による改善率10%や20%であるというものと比較して、劇的な改善効果をもたらす可能性がある点は、注目に値すると考えらるのではないでしょうか。